ああ、まるできみは人魚姫のよう。艶やかに泳ぎ、ふわりと笑うだけなのか。しなやかにゆれる髪は、空に映えて鳥の羽のように。海がよく似合う。群青色藍青色浅葱色紺青色縹色翡翠色納戸色露草色淡藤色舛花色萌葱色青緑色、 その総て、その、その、その艶麗、そのみやび、すべて、ああ、総て、美しくかつ刺刺しい。邪険なわけではない。心地のいい、奇麗に堕ちてゆくような、風を感じるように、そう、猫の爪みたいだ。海の禽、西の光を浴びるたびに光る鱗、細く色白な手足、それに、絵の具で優しく描かれたような瞳孔。虚蝉のようで、触れば、開けてしまえば空っぽなのだけど、触るまでの我慢が娯楽。慰み、慰安。人魚姫の瞳に沈んでもかまわない。だから、そう、自分の足で歩いて、自分で触れて、自分で眠りに落ち、そして、名前を呼んでほしい。一度だけ、泡沫になってしまう前に、頭から削除さてしまう前に、向き合い、愛を誓って。

億劫な腕。決して奇麗ではない。ただ単に空を眺めれば、独特のにおいがぼくを包み込む。ああ、。刹那に思う。そうして、ゆっくりと後ろを振り向けば、少し喫驚の顔を浮かべた人魚がひとり。手には海水でかためたであろう泥のカタマリ。悪戯っぽく笑い、そうして、微笑む。 、やさしい。すべてが、やさしい。

「なにをしようとしてたん?」「(ど ろ)」。

どうしてそんなに美しいのか、謎で仕方ない。愛しくて仕様が無い。口をぱくぱくと動かすと、息と一緒にすこし発音が聞こえる。それでもそれは「声」というものではない。それでもそれはのこころである。にこり、ほわ、ふわわ、そんな表現が一番に似合う。いつでも笑っている。だから、きれい。
その儘は、その泥をのそりと持ち上げて、刹那にべちゃり。小さな手が一瞬大きくなったと思えば、その掌は目に入ることなく、瞬間的に瞑ってしまった目をそろっと開ければ、ほほに冷ややかな重み。今にも声が聴こえてきそうだった。(わはははは)、と可愛らしい少し高めの声が 、その声が、 それが。ほほにべたりとついた泥は、潮のにおいが少しして、鼻に抜ける砂のかおりがちょっとだけ子供のにおいがした。

「(おう じさ ま )」。「(ど ろだらけ の 、おうじさ ま)」。「(でも 、きれ い)」。

茶色に満たされたてのひらを見せながら、にこにこと、煌煌と。少し目をそらして、また恭子を少し見上げれば、いつのまにか隣にしゃがんでいて、海を見つめている。瞳が光っている。きれいだ。まるで、この世の一番美しいものをみているかの様で。

「( うみ は)」

すると、口を開いて、「声」を。

「( わたし と)」

ひだりをむいてぼくのひとみを。

「( あなた の)」

みぎのひとさしゆびをぼくの心臓に、ひだりのひとさしゆびをじぶんの心臓に、



「(ここ ろ 。)」



そうして、いつもの笑顔でわらう。

だけど、その目には涙がうかんでいて、その微笑も物悲しくて、少し俯く。まるで自分が泣かせた感じがして、少し後悔して、少し目を伏せて、少し海をみる。風がくれば、砂漠のように砂浜は動いて、一粒が浮かび、それが桑染色銀色が光る。
ぼくがここで抱きしめれば、その細い腕で背中を握り締めてくれますか。ぼくがここで大声で叫べば笑ってくれますか。いつもぼくが笑っていればきみもずっと笑ってくれますか。すき、といえば頷いてくれますか。( わからない、)(時々きみがなにを考えているのかが、わからない)

きみは 人魚姫ですか。(沫になって消えてしまいますか)



「( わたしが)」、「(にんぎょ ひめだとし たら)」、「(まるちゃんは 、)」、「(おうじさま だね)」。

ちがうよ 。(人魚姫は けっきょく、)

「(きれい だから、)」

そんなこと云わないで

「(きれいなひと がぴった り、)」

ないている、

「( だから、わたしはにんぎょ ひめ)」、

「(あわになって きえ てしまう の。 だから、)」。


嗚咽が漏れる。眉間にしわをよせて必死に息が漏れないように。息が漏れないように、と、手で口をぎゅっと押さえる。抑えている。、人魚姫は優しいんだよ、だから、

「( だから、)」

やめて、きれいだよ、沫になんかならないよ、だっては鱗がないよ、なくしてないよ、ずっとずっと人間からうまれてきたじゃないか、だから、だから、


「( 嘘をついたお姫様と結婚してよ  、)」


沫になった。消えてない。泡沫にならない。だってほら、暖かくて、抱きしめたら少しの肉が指先で感じられる。かなしいかなしい、かなしいにんぎょひめなんかじゃないんだよ。

「わかれを告げても は消えないよ、時間なんて無限だよ、いつでも好きでいれる、いつでも一緒にいられるから、」

だから、そんなこと、いわないで

抱き返してくれるのならば、そんなこといわないで。ワンピースがひらひらと揺らめくのならば風を受け止められている証拠。きみは人魚姫なんかじゃない、人魚姫はとっくに死んでしまって沫になってしまったよ。ごめんね、ぼくがきみに会ったとき、にんぎょひめなんか云ってしまって、





人魚姫は死んでしまったね