その人はとてもきれいです。いつもにこにこ、と笑うという漢字が似合い、イメージが華やかであり、なおかつどこかか弱いところがあるのです。劣る、勝るなどの言葉で表してしまうのはいいことではありませんが、私のいつもの癖で、「劣る、劣っている」と思い込んでしまい、自分自身が持てなくなってしまいました。もとからわたしは美人という領域にはいるような目鼻顔立ちではありませんから、承知ですが、気持ちだけは負けなかったのです。それは恋愛というものにおいてもっとも大切なものだと私は思いますが、あの方は、顔の整ったきれいな方が好きなのでしょうか。それは仕様がない。ですが、私はその人がそういう浅いものの考え方をする方とは思っても居りません。純真で、誰よりも人のよさを知っている方なのです。それでも、私はそのおんなの方より劣っているのです。
出会ったのは青春の春、まるで運命でした。 そういう言い方はできませんが、きちんと目が合った瞬間に、ああ、この人は、と思ってしまいました。もとから知っていたのです。気を少しおいていた人です。ですが、億劫な私ですから、話しかけることなんて更更できなかった。だからこそ、目が合ったときが、その瞬間が、とてもうれしいのです。話しかける、話しかけられるなんてまったくないわたしたちの関係ですが、校庭と教室間での ぱちり、はとてもうれしくて、そのあとすぐに困ったように笑って、時々手を上にちょこんと上げてくださります。それが、ああ、すごく幸せ。

そうして毎日をすごしているわたしですが、配偶者などの言葉は最近聞いたばかりで、その意味がわかったとき、すごく悲しくなりました。あの方にも、と正直不安でいっぱいで、それならば私から声をかければいいことなのに、それでも、手が出ないわたし、すごくもどかしい。
教室の隅の、夕日の真っ赤がみえる特等席で私は座っていました。儚いなあ、なんて思い、同時にひどく後悔しました。少しの勇気が少しでも、少しの時間が少しでもあれば、わたしは話しかけることもできたのでしょうか、(なんて、そんな時間がゆうにあってもわたしは話しかけることなんて絶対にできない)ああ、これならば、わたしがもっと美人だったら、よかったのに。
そんな後悔をはさませながら、私は窓越しの空を見つめる。夕日なんて橙色過ぎてまぶしくて見てられない。

美人だったら、よかった、と口でいえば、教室の端に人の影あり、


あ、と声を漏らせば、期待に副わないおんなのひと。淑やかな雰囲気の、可憐できれいなおんなのひと。配偶者。びじん。 そんな言葉が頭じゅうに駆け回る。左手には真っ黒のかばん。帰りの途中に何か忘れたのかな、と刹那に思う。ああ、この儘立って居つづければすごく場が暗くなる。無理矢理頭にむち打って、何かを考えさせる。ああ、こんにちは、とでも。


「こ、こんにちは」

「、こんにちは」


一瞬喫驚したような顔を見せて、すぐに笑顔になる。それが演技のようで、少し怖かった。

(「好きなんでせう?、知っていますよ、でもあの人はあなたみたいな方は好きにはならないわ。もっと、こう、上品で大人な雰囲気の方が似合うといったほうがよろしいのかしら、いえいえ、わたくしは決してそうは思っていませんけれども、あなたがどんなにわたくしよりも好きという気持ちが大きくても、あの人は消極的な方は好きではないの。お勉強もきちんとできる人ではなければ。それに、お化粧もきちんとしなきゃ、それではまるでピエロではないかしら、ふふ、あ、そういえばあなたのご両親、この間街中であったわ。ふふ、とても貧相な服を着ていらっしゃる方たちなのね、もっとこう、きれいっていう言葉が似合わなければいけないわよ。もっと、自分を磨いてから好きになって頂戴ね、ああ、忘れてたわ、ふふ、忘れ物忘れ物、」)(そう聞こえ、机の中から金色のゆびわ、)

(いつも笑顔をむけるあの方が、今日、ほんのすこし遠くへ行ったような気がして)



配偶者はきれいな方

あの方のことを好きと好きと思っていても、私の知らないあの方を知っていることが、ひどく悲しかった。