嫌いなものだけを遠ざけて、好きなものは遠慮なくいただく。そんな爬虫類のワニみたいな性格になってしまった。だから、俺はこんなにもヘビみたいな冷たい肌なんだと思う。そして、カメレオンのように隠れるのがじょうずで、体のようなこの曖昧さも人ごみや壁や窓ガラスに溶け込めるように出来ている。幾つの女を騙し続けたのだろう。幾つ人を傷つけてきただろう。考えたって仕様がない。傷つけたものは仕様がない。
そんなくだらないことを考えていると、隣に香水の匂いが鼻につくほどの女が俺にもたれかかってきた。ねえ、なんて甘ったるいネコのような声を出しながら、俺の中指や薬指をなで始める。ああ、だるい。肩への負担とともに、愛の重さまでもが伝わってくる。愛の言葉を言ったこともなければ、この女の下の名前までも思い出せない。好意を抱いたわけでもない。すきという言葉など一方的に押し付けてきて、何を勘違いしているんだこの女。大袈裟に大きな溜息をつけば、「どうしたの」。「私のこと嫌い?」。「何でそんな不機嫌な顔するの?」。「ねえなんで?」。「なんで?」。「ちょっと」。「返事ぐらいしてよ、もう」。けだるい。いかにも比喩を使えば、俺の心は曇り。そうして、雷を落とす前に、この教室から出て行く。こんな女は石のように重たくて、それを俺の頭からぶつけてくる。一種のゲームにいるドでかい怪物が襲ってくるような感覚だ。それを目が合うたび何回も。そういう女もいれば、女同士ひそひそいいながら下を俯きながらもじもじと手紙ですなんて裏返った声を恥じながら俺の手へ押しこんでくる、こそこそ女もいる。相手にしていないはずなのに、うその笑いを向けながら「有難う」なんていえば、抱きついてくるやつも。(メーワク。すっげーきもい) そんなことを鼻で笑えば、隣の女は俺に抱きついてきて、ウソナキともわかる演技をぶつけてくる。ああ、早く逃げなければ女に襲われる。こいつはクマか。いいや、こいつはヘビのようだ。一度体に巻きつけば締めてきて、殺す勢いで頭から飲み込まれる。ああいけない。忘れるところだった。はやく逃げよう。


「ちょっと邪魔 、なにしてんねん」


突き放せば、いとも簡単にクマヘビ女は尻餅をついた。そう言えばこいつはヘビはクマでもクマはヘビでも女だ。いとも簡単に殺せることもできるし、その白い肌にミミズのような赤い傷をつけることもできる。
それでも飽きずに俺の腕を一所懸命に握り続ける。(俺は仏様か)(俺はお代官様か)(俺はお前のオトコか)


「えぢょっと痛い何ずんのぉ髪の毛ぐちゃぐちゃじゃなあいぃってゆーかマジありえないそれが彼女に対する扱い方どかぁあ思っちゃうんでずけどぉ勝手に機嫌悪くなるじぃ突き放すじ絶対あざできぢゃうじゃないよぉ超ムカづくんですけどぉお」


死に際にたった人間が、早口で今伝えたいことを言葉にしているかのよう。気持ち悪かったから、その場から離れようとすれば、その腕は未だに女の掌に包まれていて、その力はまるで鹿を絞め殺そうとするアナコンダの姿のようである。鼻水がだあだあ流れて、まるでもう女を失ったかのようにメイクも崩れおち、キレイだったはずの俺のつめに涙とともに零れ落ちている。(お前の薄汚れた涙で俺の爪を穢すな)何を悲しくてこんなに泣いているのだろうか。ほんまにこれからしぬんちゃうか。その女の口からは、ハスキー声を越えたキリンが叫ぶ声をしていて、「離れないでよ別れる気厭だからねうち忠義いないといきてけないもん離れないでよもう我儘言わないよだからねえ」。まるで昼ドラマにあるどろどろ関係だ。俺は一向に見向きも目をあわせたこともあるまいし、純粋にこいつが好きだなんて思ったこともない。(そんな恋愛ドラマのような主人公は逆に拒絶)


そんな女を失った女に、鼻でもう一回笑ってみれば、最後の言葉をおくる。










「うざい」



悔しかったら追いかけてみろ泣きついてみろ

(利用されたアナコンダは毒にまみれて死んでしまえばいい)